なぜ、寿司なのか

最近は重ための日記が続いていたので、気分転換にふと疑問に思ったことを書いてみようと思った。

Web業界、というかIT業界の人は、よく寿司を食べているイメージがある。Twitterや、Instagramのタイムラインでは、ほぼ毎日の頻度でシェアされる寿司の画像が流れてくる。それが特別どうこうという話ではないのだけど、あるとき、なぜみんなそんなに寿司が好きなのだろう?と疑問を抱いた。ちなみに、自分がWeb業界でアルバイトをするまでは全くそんなことは気に留めたこともなかった。

もともと自分があまり日常から寿司を摂取しないタイプなのだけど、アルバイトをしているとなにかにつけて寿司の姿をよく目にすることになり、世の中ではこんなに寿司が消費されているのか…と、それまでの自分の食生活とのギャップに驚いた。自分が住んでいる街は、寿司屋もあまりないし、回転寿司屋なんかは隣の街まで行かないと見かけない。寿司というと、スーパーで半額で売られているパックのイメージだった。おめでたいときに寿司を食べる習慣も家ではあまりなく、母が仕事の帰りにお惣菜と一緒に買ってくる存在であった。焼肉も同じで、あまり食べに行ったことがなかった。

歓迎会、リリース記念、ただ単にご飯を食べに行ったとき、そこにはいつも寿司がいた気がする。家では滅多にお目にかかれない寿司。スーパーのパックではない寿司。スマホでシェアされる寿司。気がついたら、寿司はいつも主役だった。

そう思えてからは、SNSに流れてくる寿司の存在が気になるようになった。寿司、スシ、SUSHI、🍣。なんだか特別な存在に思えてくる。インターネットを象徴する存在、寿司。なにがそんなに人々を惹きつけるのだろうか。考えるな、感じろというものなのだろうか。理由は分からなくとも、寿司の画像を見ていると、確かに寿司が食べたくなってくるのである。ああ、マグロの寿司が食べたいなあ。

一年

早いもので、去年から一年が経つ。この一年は自分にとっての戦いだったなあ、となんとなく思う。なかなか思うよう自分をコントロールできなくて、調子の良い日もあれば悪い日もあり、生きていて良かったと思う日もあれば死にたいくらい辛い日もあって、嵐のような一年だった。

特に秋から冬にかけてはメンタルの調子がすこぶる悪く、一歩間違えたら本当に死を選んでいたかもしれないような瞬間が何度も訪れて、危うく音を上げそうになった。だから、自分にとって今生きているのはある意味奇跡である。どんなに辛さに飲まれて溺れても、生きていれば必ず季節は進んで、春が来るんだなあ、と心から思えるようになった。去年までは、そんなこと考えたこともなかったな。そういった話を聞いても、どこか他人事に思っていた。

この一年で、自分との向き合い方や考え方も変わった気がする。もともと自己嫌悪がひどい性格だったのだけれど、あまり嫌悪しなくなったかな、と思う。悔しい、と思ったことはいっぱいあったけど、嫌悪しても悪くなるだけだから、どんなに過去の自分が醜くても嫌悪はしない。そう思えるようになった。書こうとすると思い出せないだけで、変わったことはいっぱいある。

一番考えさせられたのは自分の体について、もっと言うと、重たくなってしまうけど命についてかもしれない。たまたま身内の不幸が重なったり、好きなアイドルが亡くなったりして、それ自体は本当に悲しくて辛かったのだけれど、それをきっかけに生きるって全然普通じゃないんだな、と思わされた。発作自体はいまだに受け入れられないのだけど、生きるか死ぬかの二者択一を迫られるような発作に襲われたあと、それがすうっと消えていくときはいつも「ああ、自分って生きているんだな」と実感させられる。逆に言うと、その瞬間があるから、生きてられるのかな。不安や辛さは無限に続くものではないって実感できるから。

今はこの季節を迎えられたことに対して妙な晴れ晴れしさがあります。冬は長かったなあ。自分が自分で居られるまま、冬を越すことができてよかった。一年でなにか区切りがつくわけではないけれど、今の感情を残しておきたい。もうすぐ春がやってくるから。

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また一から

2月に入る前からなんとなく調子が悪く、そのままずるずると2月の中旬まで来てしまった。ここ数ヶ月はだいぶ発作に対して慣れてきて、冷静に受け流せるようになってきていたので、それに伴って深刻な発作の頻度は減っていた。それなのに、ふとしたきっかけでまた発作を「怖い」と思ってしまって、そこから調子が崩れはじめてしまった。

パニック発作を起こしたとき、「怖い」だとか、「不安だ」だとかいうふうに感じると、余計に悪化する。なぜなら、本来不安や恐怖と感じるべきでない状態に対して、脳がそう感じるように誤作動を起こしているからだ。本来不安でないはずのシチュエーションに不安を感じて発作を起こしたとき、それに対して「怖い」と思うと症状はどんどん悪くなっていき、急にジェットコースターの頂点から真っ逆さまに落ちるような体験が始まってしまう。偽の恐怖が本物の恐怖にすり替わってしまう感じだ。そうならないために、一年かけて発作の際に覚えた対処法は「動じない」ことだった。たとえ実際に動悸が起きていても、窒息しそうな息苦しさがあっても、冷静に受け流す。そうすることで発作に対して過剰に反応しなくなり、必要以上にダメージを受けなくて済む。この対処法で今までなんとかやってきたのだ。

それなのに、ここ最近は病気になったばかりのころと同じように、発作が起きることを過剰に怖がってしまうようになり、どうしたものかと思った。怖がれば怖がるほど、日常生活がまともに送れなくなってしまう。発作を起こすタイミングがシチュエーションや場所を選ばなくなる。車の中で、家で、食事中で。困ったものである。

ただ、なんとなく冷静に対処できるコツはもう掴んでいるので、またそれを実践しようと思った。車の中で、ああこれは来そうだな、と思ったとき、「無になる」ことをイメージした。怖くない、不安ではない、すぐに収まる、死なない。これらを全てひっくるめて「無になる」というイメージ。ネガテイブに考えることをやめて、別のなにかに集中する。動悸や息苦しさは実際にあったものの、精神的には特にダメージなくやり過ごすことができた。ここでそのまま恐怖の波に溺れてしまうと、もっと苦しい体験をすることになる。

対処法を実践して効果を感じたことによって、また一から、今まで覚えてきたことをやっていけばいいのではないかな、と思ったら、スッと気持ちが楽になり、不安も少し減った気がする。体の扱い方は自分でコントロールできるし、もうゼロからのスタートではないのだ。去年、不安だったときにずっと聴いていた嵐の「Daylight」の歌詞を思い出した。

誰もが同じ悔しさで 夢の終わりを認めないように
明日はそう 違う自分と 歩いていくから
痛みを抱いて優しさに変えて たとえ胸が張り裂けても
君はもう 自分知っている 歩き出せばほら見えてくる

Daylight - 嵐 - 歌詞 : 歌ネット

自分を知っているから大丈夫だ、と思えるようになったことが、一年の成長なのかもしれない。まだまだ完璧ではないけれど、少しは強くなれたのかな。

好きな街「綾部市」

「好きな街」というお題があったので、自分の地元である「綾部市」をテーマに書いてみることにします。

お題「好きな街」

綾部市は、京都府の北部に位置している人口3万人の市で、舞鶴市と福知山市の間に挟まれています。これといった観光名所がない田舎なので府内でも知名度は低いけれど、グンゼの本社があったり、合気道発祥の地だったり、トンネルを貫通している府内最大級の円墳があったり、地味に見るところはある不思議な街です。

市の面積のほとんどは山林で、市街地が市の東部に広がっています。盆地地形で、四方を200メートル級の山に囲まれた低山地帯です。生活に困るような田舎ではないですが、市の中心部から30分ほど山奥に行くと、「上林」というまんが日本昔ばなしに出てくるような秘境が広がっている地域があったりします。いわゆる限界集落ですが、最近は新しく移住してくる人も多いみたいです。

京都あやべ奥上林(おくかんばやし) | 奥上林地区活性化実行委員会ウェブサイト

綾部のどこが好きかと言うと、田舎の具合が程よくて好きです。住む場所にもよるけど、そこまでど田舎、というわけでもないので、「程よい田舎」だと思っています。京都縦貫自動車道に乗って30分ほど走れば天橋立に行けるし、20分ほどで舞鶴市の軍港や海も眺められるし、アクセスはちょうどいいのではないかなと思っています。ただやっぱりマイカーは必須だし、電車のアクセスがやや不便なのと、京都市まではかなり遠いですが。

よく思うのは、空気や景色がきれいなこと。「山紫水明の地」とよく表現されることがあります。

さんし-すいめい【山紫水明】の意味

自然の風景が清浄で美しいこと。日の光の中で山は紫にかすみ、川は澄みきって美しい意から。

山紫水明の意味 - 四字熟語一覧 - goo辞書

朝、川辺に行ってみるとまさにその通りだなあ、と思うことがよくあります。特にこの時期、朝に立ち込める霧や、霧が晴れて山々のシルエットが映し出される様子だったりが、素朴でありながらも美しい。写真のシチュエーションは違いますが。

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ゆったりと流れる自然の四季を味わえるところが、自分の好みに合っている場所だなと感じます。星もよく見えて、天文館パオという施設では国内最大級の反射望遠鏡が設置されています。規模は小さいけれど、自然が楽しめる環境が整っています。

今年は雪がよく降ったので、雪景色も楽しめました。

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あと、田舎なのでどこでも散歩できるのもいいです。人がいない道をゆっくり散歩するのが楽しい。空が広いので、空をじっくり眺めながら散歩することができるし、あまり人目を気にしなくていいので、気持ち的にも楽です。

一番好きな景色は、寺町沿いに広がる由良川の景色です。山陰本線の踏み切りがあるので、電車で通るたびにこの景色を眺めることができます。「丹波茶屋 ゆらり」というお店が川沿いにあるのですが、そこからのロケーションはいつ見ても味わい深いです。右手に見える、街のシンボルである「新綾部大橋」もお気に入りの場所。

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川沿いの景色を眺めながら食べる「ゆらり」の唐揚げは美味しくて、昔から好きです。昔はよく家族で食べに行ったなあ。

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こちらは旧綾部大橋。狭くて小さな橋ですが、ちゃんと車も通れます。天気のいい日は橋の下をくぐりながらカヌーを楽しむ人たちなんかがいて、のどかです。

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病気になってから、改めてこの街の良さに気づけた気がします。流れる時間がのんびりしていて、移りゆく自然が美しい。これからもこの街を好きでいたいですね。

最後に、私の撮る写真はあまり魅力が伝わってないと思うので、市の写真を見ることができるページのリンクを貼っておきます。

綾部市/綾部の写真ダウンロードサイト

好きなアイドル、松野莉奈さんが亡くなった

昨日のお昼ごろ、私立恵比寿中学のメンバーである松野莉奈さんの訃報のニュースが突然と入ってきた。

私立恵比寿中学は、私が3年前から好きなアイドルで、いつも情報はチェックしていました。いつものようにTwitterのトレンドを見ていたら、「エビ中・松野莉奈さん」というワードがあることに気がついて、「新しい仕事かな?」なんて思いつつ、エビ中〜から始まるワードがトレンド入りするなんて珍しいから、まさか体調に何かあったのだろうか、と思いながら、詳細を見た。

目に飛び込んできたのは「急死」という言葉だった。なんで、どうして、誤報ではないのか、と様々な感情が脳内を駆け巡った。松野さんの健康そうな容姿にはあまりにも似つかわしくない「急死」という言葉。18歳の女の子が突然死ぬわけない。まして、この間までいつものようにInstagramを更新していたのを知っていたから。

デマに違いない、これは今流行りのフェイクニュースだ、と思いながらソース元を確認する。LINE NEWS、FNNスピーク、ヤフーニュース。どれもしっかりとしたメディアばかりだ。嘘だろう、こんなことがありえるのか、あってたまるか、と再び脳内はめまぐるしくなる。

何度も何度も、同じ文面をみては真偽を疑う。公式アカウントを見たら何か情報があるのではないか、と思ってアクセスするも、訃報のニュースとは全くテンションの異なるメディア出演のツイートばかりで、余計に真実かどうかが疑わしくなる。公式サイトには繋がらない。

訃報の記事を見るとどれも「警視庁によると」と書かれている。情報の提供元が警視庁ならほぼ確定で間違いないだろう、と思っている自分と、公式が何も言わないのだからやはりデマではないのか、と思う自分で忙しい。

突然の訃報のニュースの衝撃が強かったのか、動悸、体の震え、食欲不振など、様々な症状が表れて、恐怖心すら感じた。頭は真っ白で、涙すら出てこない。アイドルを長年見てきたけれど、こんな体験は初めてで、もう耳にタコが出来るほど聞き慣れてしまった、「脱退」や「卒業」、「スキャンダル」や「不祥事」のどれとも違う、奈落の底に突き落とされてしまうような絶望を感じた。これは、半年前に身内の訃報を聞いたときと同じだ。だって、本当だったらもう会えないではないか。

そう思いながら、公式の発表を待った。ほぼ9割確定であることは分かっているけれど、どうしても信じられなかった。

18時過ぎ、公式サイトを更新していると、ようやくトップページが表れて、お知らせが追加されていた。

当事務所の所属タレント松野莉奈(私立恵比寿中学メンバー)が、平成29年2月8日未明に死去いたしました。

松野は、体調不良により2月7日のコンサートへの出演を取りやめ、自宅で休養をしておりましたが、翌8日に搬送された病院にて死亡が確認されました。

これまでの皆様のご支援ご声援に感謝いたしますとともに、謹んでご報告申し上げます。

私立恵比寿中学オフィシャルサイト | お知らせ

「死去」という言葉を見た瞬間に、肩から力が抜けてしまった。当たり前のように書かれているけれど、あまりにも不自然だ。

公式サイトから発表されたら、もう受け入れるしかないような気がして、しばらくニュースを見るのをやめた。



自分と私立恵比寿中学の出会いは2014年の春だった。ももクロの妹分グループであることと、エビ中の名前自体は昔から知っていたけれど、「永遠に中学生がコンセプト」「King of 学芸会」というパンチの強いワードから、「これは迂闊に手を出してはいけないやつだ」と思っていた。思っていたのに、転機は訪れる。

たまたま見ていたアイドルメドレーの動画から、耳を疑うような声が聞こえてきた。「ぁぃぁぃ」こと廣田あいかさんの声だ。それまで全く興味がなかったのに、声にびっくりして注目して、曲を聞いてみるとたいそう変だった。パフォーマンスも変わっている。箒を振り回して「メタメタにしてやるー!」と叫び、続く次の曲では「ティッシュティッシュティッシュ!」と叫んでいた。心の底から、「なんだこのアイドルは」と思い、そのままズルズルとエビ中沼に引きずり込まれることになったのでした。

きっかけになった楽曲はこちら。

ライブ動画はこちら。

そんなきっかけから、公式チャンネルから動画を漁る日々が続き、3日も経てば立派なエビ中ファンになっていました。エビ中の楽曲は基本的に良い意味で頭がおかしいのだけれど、いずれの曲も徐々に体がそれに適応されていく麻薬のような成分を含んでいた。「さて、次はどんなおかしい曲があるのかな?」と思い、「手をつなごう」をクリックした。

その曲は今まで聞いてきたような頭のおかしい楽曲ではなく、ストレートとしか言いようのない名曲だった。「こんな曲も歌っているのか!」という衝撃を受けて、そのままその曲のライブ動画を見た。信じられないけど、泣いた。泣き叫んだ。机に突っ伏して。「この子たちと同じ時代に生まれてこれてよかった!」と本気で叫んだ。3日間でこうなるのだから、いかに麻薬のようなグループかということが分かるかと思います。エビ中の楽曲はバラエティーに富んでいて、お化け屋敷がテーマのふざけた曲から、人生に思いを馳せるような哲学的な曲まで、全く飽きさせないのです。それを歌いこなすメンバーのポテンシャルに惹かれ、ずるずると引きずり込まれていきました。

経験上、沼にハマると抜け出せない人間であることは分かっていたので、出来る限り投資を控えようと思っていたのに、3ヶ月後にはなぜか握手をしていました。なぜ、どうして。

その時のレポートは、当時書いていた別のアカウントのブログに残っています。オタクが炸裂しているのでご注意ください。

前振りが長くなったけれど、その時にりななん、もとい松野莉奈さんと握手をしました。とても一瞬だったので、容姿を目に焼き付けようとした記憶しかないけれど、陽の光に透かされたような白い肌と、色素の薄い茶色の目をこちらに向けて微笑んでくれたことは覚えています。イメージ通り、背が高かった。

りななんは容姿とは裏腹に声が低く、「梅」という楽曲ではラップのパートをやったりしていました。「放課後下駄箱ロッケンロールMX」という曲ではデスボイスを担当したり、容姿と声のギャップを存分に活かしていました。その一方でテンションは高く、一番子どもっぽいリアクションをしたり、ドタバタと騒ぐような一面もあり、噛めば噛むほど味が出るスルメのようなキャラクターを持っていました。

エビ中には「出席番号の歌」という自己紹介ソングのようなものがあり、上の動画は10人時代のものです。その後もメンバーが脱退と卒業(エビ中では転校)を繰り返し、現在は8人になっているので、最近その2が作られました。

転校したメンバーは今まで欠番扱いになってきたので、りななんもそうなるのか、それとも永久欠番になるのかは分かりません。正直なところそれどころではないし、グループがこの先どうなるのかも分からない。こんなことになるとは全く想像すらしていませんでした。

去年のSMAP解散で、「アイドルがアイドルでいてくれることって当たり前じゃない」ということを強く思わされた気がしたけれど、「アイドルが人として生きていてくれることも当たり前じゃないんだ」とも思わされました。単なる偶像の世界では決して無いんです。

りななんには一度しか会えなかったけれど、その一度の記憶があるだけで良かったと思っています。本当はもっと会っておきたかったけれど。会いたい人には、会えるうちに会っておいたほうがいいです。好きなアイドルも、離れている家族も、滅多にしか会わない知り合いも。会えることって当たり前じゃないから。

今はまだ信じられないけれど、そのうち受け入れられる日が来るのかもしれない。ずいぶんと時間は掛かると思うけれど。

松野莉奈さんのご冥福をお祈りいたします。

いつか私も 逆上がりできるかな?
いつかあなたと 仲直りできるかな?
いつか勉強 頑張ってできるかな?
いつか私も 恋人ができるかな?
いつかあなたと 小旅行できるかな?
いつか仕事を おもいきりできるかな?
いつかあなたと ゴールインできるかな?
いつか素敵な 家族ができるかな?